ALO,ALO,BRASIL

ブラジル映画祭2000
ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス特集

text by E.シンクレール

「ネルソン・ペレイラ・ドス・サントスかんとく?」・・
聞いたことの無い名まえだった。昨年あたりから、ブラジル産の映画が立て続けに公開されているからって、入ってくる情報は依然少ない。IPCとでも契約しなければ、ブラジルの風景なんてそうそう見られない。ましてや、我が愛するミュージシャン達が生きた時代を垣間見ることが出来るチャンス!この機会を逃すまじ、と出かけてきました。

2000年5/11~5/28の日程で行われた「ブラジル映画祭2000 ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス特集」は、ブラジル映画祭実行委員会、ブラジル国文化省、ラボ・シネ・ド・ブラジル、ヘジーナ・フィルム、東京日仏学院、アテネ・フランセ文化センター、の共催によるもの。中心となったブラジル映画祭実行委員会の委員長は大島渚氏で、ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス監督の「乾いた人生」を非常に気に入り委員長を引き受けたという。

会場は、一週目草月ホール、二・三週目東京日仏学院。どちらも都心にあるこじんまりとしたホールで、来場者は男性がやや多かったが、若い女性も結構目立った。

ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス監督の略歴をご紹介しよう。

1928年サンパウロ生まれ。27年生まれのA・C・ジョビンと同世代だ。サンパウロ法科大卒業後、弁護士、ジャーナリスト、映画批評家を経て 1950年に16mm短編映画でデビュー。助監督をしながら、独立系映画人とも交流、主流を占めていた派手な娯楽物ではなく、風土・現実を直視した映画を作ろうと考える。その最初の成果が55年の「リオ40度」で、多くの衝撃を与えると同時に非難と賛同を得て、シネマ・ノーヴォ興隆の下地をつくった。その後、シネマ・ノーヴォの巨匠グラウベル・ローシャを手伝ったり、彼自身もシネマ・ノーヴォとみなされる作品(「乾いた人生」と「愛の渇き」)を作ったが、それにとどまらずその後も作品の幅を広げ、尊敬を集めている。 70歳をこえて今年も手がけたテレビドラマを放映したばかり。

今回の上映作品紹介(年代順)

「リオ40度」1955年
リオに暮らす人々の生活・風俗を100分に凝縮。ブラジル映画史上初の街頭ロケ、素人の起用で、日常の中の喜びと悲しみを生き生きと表現。モーホ、ビーチ、ポン・ヂ・アスーカル、カーニヴァルの練習風景などの景色を見るだけで楽しいものだ。イタリアのネオリアリスモの影響を強く受け、貧富の差を批判的に映しこんだことで上映禁止処分を受けるも、知識人らの抗議のおかげで一般公開にこぎつけた。シネマ・ノーヴォの布石となったといわれる作品音楽はハダメス・ジナタリ、ゼ・ケチも登場。当時ジナタリにアレンジを学んでいたジョビンが、この映画を見なかったはずは無い。
「乾いた人生」1963年
ノルデスチの社会派小説の代表的作家グラシリアーノ・ラモスの作品を映画化。干ばつに苦しみ、ぎりぎりの生活をする人々を描いた原作は古典扱いされているが、監督は「今日も続く極端に悲惨な社会的現実を証言するものである」と発言。(この問題は現代でも解決されていない.同じテーマで撮影されたセバスチャン・サルガドの写真集「Terra」の出版はまだ記憶に新しい-シコ・ブアルキがこの本に曲を捧げている)ショルダーカメラのみのドキュメンタリー・タッチで貧しさから逃れられない主人公一家の生活を追う。カンヌでも評価を受け、監督の名を高めた。
「オグンのお守り」1975年
公開と同時に「民衆映画宣言」をした監督。勢いを失っていたシネマ・ノーヴォの精神を取り戻そうと、民衆に理解される作品作りを提唱した。結果的に、アクション、笑いなどエンターティメント性の高い作品となり、かなり楽しめた。一部で強い影響力をもち続けるアフロブラジル宗教のひとつウンバンダ教と暗殺を請け負うギャング集団、というテーマも興味深い。音楽担当兼俳優としてジャルズ・マカレーが参加。
「奇跡の家」1977年
名前も忘れ去られていた混血の学者を他国の著名人が評価したことで起きる混乱を喜劇的に描きながら、混血、黒人という理由で正しく評価・理解されなかった時代、そして現在を風刺する。混血の進んだバイーアの地で、盲目的に白人優越論を信じる人々の滑稽さ、宗教儀式を行っていたことで投獄され、焼き討ちにあった時代。そんな中をひょうひょうと生きる主人公が、映画をユーモラスなものにしている。原作はジョルジ・アマードで脚本作りにも参加。テーマ曲はジルベルト・ジル、音楽監督のジャルズ・マカレーは主人公の青年期として出演もしている。
「人生の道」1980年
「私が食べたフランス人」と差し替えで上映された。大衆に圧倒的な人気のあるセルタネージャを取り上げる。田舎から出てきた売れないミュージシャン二人組が、アパレシーダ大聖堂にレコードを供えたことがきっかけでスターとなる。登場人物のキャラが最高。漫才コンビのような主人公二人。日本では人気のないセルタネージャもブラジルの広大な風景を見ながら聞くと、なぜかの地でそんなに好かれるのかわかるような気がする。レコーディング風景や、レコードの製作過程、レコード店での一コマなど、個人的にとっても興味深かったシーンも。文句なく面白い作品。
「監獄の記憶」1984
再びグラシアーノ・ラモスの作品を取り上げる。独裁者ジェトゥリオ・ヴァルガスによって投獄された10ヶ月間を回想した自伝を脚本に2年かけて映画化した。彼の代表作のひとつ、力作のひとつであるようで、都合で見ることが出来なかったのが残念だ。作家が監獄の中で人間の本当の姿、自由とは何かを発見してゆく。その過程をつづったノートを仲間は共有の財産、友情の証と考えて、看守の目から守る。監獄とはどこか。自由を奪うものとは何か。そしてこの翌年、ブラジルは21年間に及ぶ軍事政権から民政に移行する。
「第三の岸辺」1993年
ギラマエンス・ローザの小説数編を1本の映画に織り上げた。いままでになく御伽噺めいていて散漫な印象だが、還暦を迎えてなお新しい表現方法を求める監督の意欲がうかがえる。田舎と都会、詩的で美しいシーンがいくつもつなぎあわされるが、全編を通じて、不安とどことない物悲しさに包まれている。 90年代の一面なのかもしれない。願ったことをなんでも具現してしまう力をもった少女が魅力的。ブラジルの田舎には、そんな女の子がいても不思議じゃない。しかし、魔術的な力では現実は変えられないのも事実なのだ。テーマ曲はミルトン・ナシメント。

シネマ・ノーヴォ案内のページを参照してもらうとわかりやすいが時代によって題材、作風はかなり違う。だが、一貫しているのは、民衆・大衆の悩み、悲しみ、喜びを共感し彼らを苦しめている目に見に見えないものを映像にして表現するその姿勢だ。軍事政権下、カエターノやジルベルト・ジルが国外へ亡命していた話を知っているだろう。批判的な表現は危険であった。またロック、ハリウッド映画等の欧米文化が流れ込むなか、ブラジル固有の文化を題材にとっているその姿勢は、ボサノヴァ、ムジカノッサともどこか通じるところがある。彼らが取った行動とは、どんな意味を持つものなのか。それを考えてみれば、ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス監督が「ブラジルの良心」と呼ばれるのも納得いくのではないだろうか。

嬉しいことに、7月には「映画と音楽」をテーマにした音楽祭が開催予定だ。
東京でしか行われないのが残念だがMPB好きには見逃せないはず。


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