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ELENCO(エレンコ)

text by カリオカ龍太郎

ボサノヴァの夜明けを告げるレコードとして有名なジョアン・ジルベルトの「シェガ・ヂ・サウダーヂ(想いあふれて)」。しかし、この歴史的名盤はプロデューサーであるアロイージオ・ヂ・オリヴェイラの尽力がなければ日の目を見ることはなかった。「風邪を引いたような」ジョアンのボソボソした歌声に我慢がならず、こんなもん売れるわけないと一蹴する会社側を忍耐強く説得し続け、ようやくリリースにこぎつけたのだった。

そんな時代を先取りする感性と大胆な行動力持っていたアロイージオが封建的な会社の枠にいつまでもおさまっていられるはずもなく、ほどなくしてオデオンを退社、新天地をフィリップスに求め同様のポストについた。しかしこれも結局は同じことの繰り返しに過ぎず、彼は大手レーベルでは何一つやりたい事はできないという事を痛感、ならばと63年自らレーベルを立ち上げることになる。後に全てのボサノヴァ・ファン憧れの的となる「エレンコ」はこうして誕生した。そしてアロイージオは真の趣味人が持つに値するレコードを提供すべく、大手レーベルではなしえない妥協のない制作に全霊を傾けた。

エレンコの活動は決して順風万端ではなかった。アロイージオも含め総勢4名というわずかなスタッフで切り盛りせねばならず、彼自身、雑事を含めたすべての作業に関わるというインディーレーベルならでは多忙ぶりで、終始人手不足に悩まされることとなる。しかし、彼らにとって運が悪かったのは、スタートの翌年に軍事政権が発足した事だった。キナ臭いムードが漂う不安定な情勢にあっては、もはや「愛と微笑みと花」がキャッチフレーズのノンポリなボサノヴァなんて出る幕なし、という見方が多勢をしめるようになっていたのだ。

音楽シーンの傾向はより激しい物へと向かっていき、ロックやそれに影響を受けたトロピカリズモ運動が台頭してくるなど、エレンコにとっての状況は悪化の一途をたどった。そして67年、エレンコはアロイージオの古巣でもある大手フィリップスに吸収される形で、その実質的な活動に幕を閉じることとなる。

しかしその4年の間、アロイージオのもとには多くのエレンコ(キャスト)が終結し、それぞれがボサノヴァの灯を消すまいとクオリティの高い作品を作り上げることで彼の情熱に十二分に応えた。後にアロイージオ自身が語っているように、エレンコとはまさに冒険だったのである。エレンコによるオリジナル・リリースのアルバムは約60タイトルあるが、アントニオ・カルロス・ジョビン、ヴィニシウス・ジ・モライス、ロベルト・メネスカル、クアルテート・エン・シー、エドゥ・ロボ、バーデン・パウェル、シルビア・テリス、などといったお馴染みの一流アーチストが生涯における最も重要な作品を発表した他、ブラジル65のメンバーとして活躍した女性ギタリストのロジーニャ・ジ・ヴァレンサや、ブラジルのショービズ界に真のプロ意識を植え付けたアメリカ人ダンサー、レニー・デイル、また社会派に目覚めてしまった”元ボサノヴァのミューズ”ナラ・レオンなどなど、可能性を孕んだアーチスト達に惜しげもなくレコードデビューのチャンスを与えた。また、ボサノヴァ誕生のキッカケを作った前時代のスター達に光を当て彼らに新たな価値を与えるような作品もリリースするなど、アロイージオのヴァイタリテが大いに発揮されている。

さらに「出会い」シリーズと銘打った意外な組み合わせによる共演盤も彼の発案によるものだった。またエレンコというと、そのサウンド以上に大きな特徴をなしているのが、白地にハイコントラストなモノクロ写真+アクセントに赤いなどを配した、あの独特なジャケットワークだ。レーベルイメージを強烈に印象付け、エレンコに永遠の輝きを与えたシコ・ペレイラ(写真)&セザール・ヴィレイラ(アートディレクション)の功績は限りなく大きい。もっとも、そのシンプルで大胆なアートワークも、実をいえばインディ故の経済的な事情による苦肉の策だったのだ。もし彼らに経済的な余裕があったら、きっとジャケットには様々な色彩が踊っていたに違いない。そして、今日ほど多くのファンを熱くさせることもなかったのではないだろうか。

ともあれクールでモダンでコンセプチュアルなエレンコの作風は、以後ボサノヴァを象徴する意匠として、フィリップスやRCAなど大手レーベルから模倣される事になる。いつまでも色褪せないこれらの至宝は、現在日本盤や輸入盤CDでその幾つかを手にする事が可能。しかし、ヒットチャートを賑わすようなシロモノではないため、いつ廃盤になるか分からないのも事実だ。エレンコのオリジナル盤はそのジャケットワークの洒落た味わいなどからも中古盤市場での人気が高く、コンディションの良否にかかわらず5ケタ以上の値段が付けられるほどなので、気になるものは早目にゲットされることをお薦めします。